鳴くことを忘れた動物
ヒト
鳴くかわりに
うたいはじめた
2月下旬に訪ねた版画美術館で買った ポール・ゴーギャンの「マナオ・トゥパパウ」の絵はがき。それを見ていたら、かつて聞いた 上記の言葉が思い出されました。そして わたしは、「やがて うたは ことばとなった」という一文を 付け加えたくなりました。
「うた」の語源は 諸説あるようで、ある語源サイトでは 手拍子をとってうたうことから「(手を)打ち合う」の語源を有力としているのですが、わたしは 現在仮説している“ことばの発生”から考えて 「うたふ(訴)」の意を支持したいと思います。
「うつ」は、物理的に打撃を与える行為を言うとともに、精神面を言う語のようである。「心を打つ」と言う言い方があるが、相手の心を打とうとする行為が「うたふ」であり、その強調形が「うったふーうったへる」であった。歌を「うたふ(唱歌ふ)」は、本来は何事かを訴えかけるものとして、この「うたふ(訴ふ)」と同語である(略)と考えたい。
<『私家版 語源辞典 増補版』足立晋・著 P.202>
わたしが考えることばの始まりは、“(動物として)鳴く”こと です。
それは、全身が感知したモノゴト(=ナニゴトかが生じた場/知覚された場の出来事=コトバ)を、自分とひとつらなりの不可分な世界に向けて あるいは 自分とは異なる存在としての世界や他者に対して、あらわすための おこない。それは、声は出さず 体の動きだけで行なわれることもあるでしょう。いや、声を出すことは 体の動きの一部ですから、体から音を出すというふるまいの その手前には、まず 体の動きがあります。自らの世界から 全身でもってこの世界へあらわすものとしての ヒトのコトバ。その一部が 声、なのです。
その「声」ですが、ハミングによって体を内側から整えるアプローチがあるように、体から発せられる音は まず自らの体に作用します。
足の親指に響く音。
お腹全体を震わせる音。
胸が揺さぶられる音。
頭頂から突き抜ける音。…
出す音/出る音の“かまえ”によって 体への作用は異なります。順序としては、環境/世界との相互作用によって体に生じたある状況に対処するため ひとつの方法として その状況に作用する音を体は発するのでしょう。例えば、緊張したり凝り固まった場所をほぐすために…。その意味において 声は野口整体の活元運動と似たはたらきをなし得ます。
声が音の範疇に完結していれば それは「なく(鳴く/泣く)」こと。その音が さらに意味(という橋渡す“かまえ”)をもって意識へも波及するのが言葉。言葉は、全身と意識と世界をつなぎ (作用)し合わせていくのです。そして、「うた」は、「鳴く」と「言葉」のあわいにあり 両者をわたしつなぎます。
*
この作品には「彼女は死霊のことを考えている」や「死霊が見ている」「死霊は見守る」という邦題がつけられています。タイトルの「マナオ・トゥパパウ(Manao Tupapau)」はタヒチ語で、(ネットで調べた限りではありますが)mana'oは「思う」 tupapauは「死霊、お化け、妖怪」の意。タヒチ語の語順は<動詞ー名詞ー補語>のようなので 直訳するなら「死霊は(彼女のことを?)思っている」となります。ただ、タイトルにつけられたフランス語文 “Elle pense au revenant - L'Esprit des morts veille” から考えるなら、ゴーギャンは 彼女と死霊が相互に作用し合い 互いの状況が重なり合った様をあらわそうとした、と考えられます。
とはいえ、タヒチ語のタイトルにもフランス語の副題にも、死霊が思っている(and/or見ている)客体は無いので、死霊のほうは彼女に直接はたらきかけているわけではなく 死霊が存在している場で彼女がその気配を感じている、そんな状況なのかもしれません。
死霊があって ふるえる世界に
異なるふるえとして彼女があらわれ
その場のふるえが あるとき、彼女の世界をふるわせ
その うごめく気配に
彼女は 体をふるわし
同時に 世界をふるわし
ふるえた世界は うごめいた気配をふるわせ
彼女は またそれに ふるえ…
フランス語のrevanantは 語源的には「かえってきたもの」が元々の意味だったと考えられるので、「かえってきつづけるものを、感じ続け 観続けている」人と世界のあいだに交わされるやりとりが その語には感じられ、描かれた女性が泣いているのか 声を出しているのか はたまた言葉を漏らしているのかはわからないものの、ますますこの絵が、声ーうたー言葉の原初的なありようのひとコマとして私の眼には映るのでした。
【補記】
文章を書き終えた後に見つけた tupapauについてのページ。本文中のtupapauからリンクしている先ですが、その内容から推察するに tupapauは「地霊」とか「産土(神)」に近いものなのかもしれません。もっと抽象化するなら、その場に充満し 場のバランスをとっているもの、でしょうか。あるいは、場そのもの バランスそのもの、と言えるかもしれません。
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