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【『都市の自然史』品田穰著 P.196~P.198】


生物の進化と都市の進化

 生物が単純なものから複雑なものへと進化してきたことは言うまでもないが、進化して次第に複雑さをましてきたことから起る問題の一つは、人間の都市の場合と同様に、生体内のある部分から他の部分へ物資を輸送しなければならないことであった。
 生物の中でもっとも単純な、アミーバやゾウリムシのような単細胞動物は、栄養分をとるのに原形質を通して物質が拡散して入ってくるので、特別な輸送系は必要としない。ある意味では細胞の外全部が輸送系として働いている。これは狩猟時代の集落と全くよく似ている。集落という細胞のすぐ外側には栄養源となる食糧ーー野生動植物ーーに接しており、集落の外にも内にも道らしい道はなかった。それで充分、事足りたのである。
 単細胞動物から少し進化した簡単な多細胞動物、たとえばクラゲやヒドラのような腔腸動物でも、単細胞動物と同じように、体液の移動のための特別なシステムはまだもっていない。細胞が多少多くなっても、外部の栄養源と直接接することができるからである。集落が少し大きくなっても道の必要はなかったのと同じだろう。
 しかし、多細胞動物が次第に大きくなってくると、栄養物質や水や酸素は、拡散だけではすべての細胞に到達できなくなる。そして、数百万年以上の試みの末についに、それらを運ぶための器官を発達させるという真価をした。
 バッタやカタツムリのような無脊椎動物は、一つまたは数個の心臓から送り出された血液が組織のあいだの空隙を流れて細胞とのあいだで物質の交換をおこなう開放循環系というシステムをもっている。街道らしきものはできていたが、部落近くになると、思い思いにあぜ道や広場を横ぎって歩いていた農村と大変よく似た輸送系である。
 さらに動物が大型化すると、もうこれではすまなくなり、独立の輸送システム、閉鎖循環系をもつようになった。これが、心臓から動脈という筋肉細胞でできている管を通して血液が毛細血管に送られ、細胞とのあいだで物質の交換がおこなわれ、そして再び静脈を通じて心臓に帰ってくるシステムであることはよく知られている。
 生物の体が複雑になったとき、輸送系なら輸送系が、簡単な生物のときのままの状態で据えおかれていたら、生きてゆけずに絶滅してしまう。都市だってそうではないか。細胞が積み重なって巨大都市になっても、輸送系=道路が、細胞=最小生活圏の中を貫いたりして独立のシステムになってもいない下等動物時代の道路のままで、都市が成り立っていくはずがないではないか。
 今、物の運搬、生物の輸送系だけについて見てみたが、神経系、消化系、調節系などにしても、一つの有機体を維持する上で驚くばかりよくできているのに対して、都市のそれに当るシステムは、都市が巨大化しても一向に進化しておらず、満足に消化もできず廃棄物の山を作るばかりでなく、慢性自律神経失調症という有様である。

 (略)

 私が言いたいのは、いかなる場合であっても、個々の細胞なり組織の独立性をおかして、一つの有機体が進化した例はないということである。
 細胞の中に別の細胞でできている血管は入っていない。最小生活圏という一つの独立した生態系に、その生態系の役にも立たない通過道路ができるのに対して住民が反対するのは当り前である。これを公共性の名のもとに我慢させようとしても、けっして解決しないに違いない。解決しうると思ったら、それはとんでもない幻想である。有機体の基本法則を無視しているのだから。方法はただ一つ、その通過する生態系とは別の生態系を作ることである。
 生物の進化を参考にしながら、一つ一つの細胞を並べて都市を作っていったらどうなるか。それは、専門の学者でなくても、誰にでもできる都市づくりだけに、かえって未来があるに違いない。


*****


 「所有」や「もつ」ということを、生物の進化における“外環境の内部化”=「内臓化」と“内環境の外部化”=「外臓化」の延長線上のものとして 思いつくままを書き留めた後、家人が借りてきていた上掲本を開いたら 目次の「生物の進化と都市の進化」という見出しが目にとまりました。



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