4. 「土」というもの
この作品を「土」という字として観なくていいです と初めに書いておきながらなんなのですが、私は「土」にとても興味を抱いています。四半世紀前から 環境と調和する農業に関心を持ち続け この2年ほどは庭づくりに精を出すようになったことなどが背景にあっての、今回ふと浮かんできた「土」という字であり線なのかも知れません。
ヒトの体には自身の細胞よりも多くの細菌の細胞があるそうで[*『10%Human』(邦題『あなたの体は9割が細菌』)という衝撃的なタイトルの本もありますが、こちらによれば どうやらそれはかなりラフな見立てだったようです] それらの一部は食べ物を介して得られることを考えると、体に入れる食べ物がどういう細菌をまとっているのか その個体のマイクロバイオームが非常に重要であると気づかされます。
また、今年の7月22日に放映されたテレビ番組『サイエンスZERO』の「生命維持の要 エクソソーム」では、食物由来のエクソソームがヒトの体内でも有効にはたらくことが紹介されていました。脳が司令塔であるという旧来のイメージが払拭され 各臓器の細胞が様々なメッセージ物質を放出して生命を維持していることがわかってきている、ヒトの体。細胞同士がやり取りする様々なメッセージ物質が入ったカプセルのようなものがエクソソームと呼ばれ、100兆個もが体の中を流れていると言います。“病気になると 病気に関わる細胞が分泌するエクソソームの量が増える”ことを考えると、病気になっていたり不健康な食物を摂取すると 食物中の病気に関わる細胞が出したエクソソームを取り入れることになるわけで、それらがヒトの体内でどう作用するのかは今は不明なものの できれば避けたいところです。
植物は まさにヒトが体に細菌や他の微生物たちを住まわせているように 土の中の微生物をうまく利用し共生して成長していきます。『土と内臓』には、植物が根から滲出物を分泌して 根圏に必要な微生物を呼び寄せ それらとの有益なやり取りによってたくましく生きる姿が記されています。その本によれば「植物はそれぞれ、唯一無二の微生物群を住まわせて」おり、「根圏に集まる微生物の数は、最大で周囲の土壌の100倍になる」とのこと。腸内細菌の良し悪しが体調を左右することを 私たちは知っていますが、食物が育った土壌微生物の良し悪し すなわちその土壌の健康状態が 私たちの体調に深く関わっている、と言えそうです。
食べ物だけではなく 空気からも微生物は体内に入ってきます。そして空気にも 風によって舞い上がった土や砂塵が ひいてはそこに棲む微生物たちが混じっています。食物として口に入る植物に 土壌由来の微生物が(どれだけ)混じっているのかは不明ですが、地上に生きるものたちは 土壌(のマイクロバイオーム)を体に摂り入れている、と言っても過言ではないでしょう。
私たちを取り巻くものが健やかであることが 自らを健やかに維持していくのに不可欠で、その私たちを取り巻く主要なものの一つが「土」。土の健康は 環境の健康であり 私たちの健康。そう思うと ますます土への関心が高まってきます。
【追記】
“無農薬・無施肥で育つ自然栽培の作物が、通常の栽培野菜のように腐ることなく 野の草木のように枯れ あるものは発酵してゆく”ということは、その作物が有する微生物叢/マイクロバイオームが (自然の営みにおいて)好ましいバランス[*私たちが「調和」と呼ぶような関係性]を保っている、ことを示しているのではないでしょうか。
健康な状態を“調和の取れた状態” 病気や未病の状態を“調和が崩れた状態”、とするなら、人の限定された知識と技術に基づいた資材を投入されることなく 自らが備えた生物としての機能と可能性を十二分に発揮して 周囲の環境と相互作用し対応する中で健康に育った生き物は、生命体として強靭かつ調和がとれている可能性が高いと思われます。そして そういう作物が育つ土壌もまた 少なくとも 野生に近い状態で植物を育むだけの適切な協調関係が築けるような調和の状態にある と言えそうです。
生命科学の発展が目覚ましい現在、さまざまな症状に対応した技術が開発されています。痛みという症状・現象を一時的に抑えることで自己治癒力が高まり それによって健康が良い方に導かれることがあるように、つらい症状を取り除くための技術研究はこれからも必要ですが、それと同等かそれ以上に 生物が不調和の状態から調和の状態へと自他を改変していくその能力や働きをサポートするような技術研究を進めて欲しいと、個人的には思っています。それは例えば、ある症状を引き起こす遺伝子を編集するというアプローチではなく、その症状を引き起こす遺伝子が発現しないような状態へ導いたり その変異を無害なものへ自ら変異させていくように導くような 生命が持つ可能性を刺激したり引き出したりするアプローチ。生命のリジリエンスを高めるような働きかけ、です。自然栽培には そんなアプローチの一つとしても とても興味を持っています。
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